12年連続して自殺者が3万人を超えるという「自殺大国ニッポン」。私たちは、テレビや新聞な どの報道で、毎日のように多くの人が自殺していることを知っています。
鉄道を利用すると、「人 身事故のため」遅延が生じたことを知らされます。自殺はまるで日本の日常風景になっているかのようです。一人ひとりの自殺者のまわりには、家族や恋人、友人・知人など、深刻な打撃を受けている多くの人々がいます。
「自死遺族」と呼ばれるこうした人々がかかえる苦痛や困難は、同じ体験を持たない人の想像を絶するものです。そして、自殺未遂した人や死にたいと思っている人は、 自殺した人の10倍以上いるといわれています。かれら自身や、
かれらを取り巻く大勢の人々が苦しんだり、不安にさいなまれたりしているのです。
「みずからを殺したのではありません。おのずから死に追い込まれたのです」
ある自死遺族が、「自殺」という言葉を使った私たちにそう言いました。「死にたくて自殺したのではない。どうしようもなく死に追い込まれたのだ」という気持ちのこもった訴えでした。私たちは遺族のこの訴えをきちんと受け止めたいと思います。
なにがひとを死に追い込むのでしょう。病気の苦しみ、家族の苦しみ、家族の悩み、仕事の悩み、 そしてお金の問題。さまざまな要因の中から、私たちはお金の問題に焦点をあてて考えることにしました。私たち司法書士の目の前には、住宅ローンを返せなくなった人、サラ金などから多くの借金をした人、失業して生活費がなくなった人など、お金の問題をかかえた多くの人々がいる からです。こうした人々がお金の問題によって死に追い込まれたのを防ぐため、私たちにできることはなにか。
Aさんは、30代後半で命を絶ちました。
高校を卒業して就職したAさんは、20代前半に結婚しました。結婚当初はアパートに住み、子供 が小学校に入学した際にマイホームを購入しました。
しかし、それから5年後に状況が変わりました。会社が不況に陥り、収入が減ったAさんは生活費を補おうとサラ金から借入れをはじめました。自転車操業を繰り返すうち、借金がふくらみました。
長年勤めていた会社もやめましたが、早期退職金はサラ金と住宅ローンの支払いに消えまし た。次の定職先も見つからないまま妻には内緒でまたサラ金から借入れをしてしまいます。そのことを妻にも知られ夫婦仲も悪くなり離婚します。
家を出てアパートで暮らしはじめたAさんは、数ヶ月後に命を絶ちました。借金を抱え、家族と離れ、孤立して命を絶つまでに追い込まれたのです。
サラ金への返済ができず督促を受けた時点でAさんは債務整理をしようと司法書士事務所を訪れていました。
債務整理をするために、
1、サラ金から過去の取引の記録全部を取り寄せる
2、その記録を利息制限法に定める利率で計算し直して残高を算出する
3、その残高による分割弁済の交渉することが必要です
これまでこの手続きにより残高が圧縮され、将来の利息なしの分割払いができるようになります。
司法書士は、債務整理を受任したAさんに月一度、事務所に来て進行状況と今後のこと、仕事や収入(住宅ローン等)について相談するよう伝えました。
その後、Aさんは二度やってきましたが、 その時はまだ定職につけず方針がきまらないまま事務所にも来なくなり、連絡もなくなりました。
Aさんの親戚からの連絡でAさんの死を知った司法書士は、債務整理事件の背景にある失業や家庭 崩壊のことに注意を向けなかったことを悔やみました。
【司法書士にできること】
自殺者は追い込まれて命を絶つ前に多くのサインを出しています。
Aさんのように連絡が途絶えることもサインの一つです。「債務整理」という仕事だけでなく、Aさんの背景にある苦しみに目を向けることが大切です。
背景を理解することで借金による家計破綻をした家庭と問題を共有しながら一家の生活再建を目標とした話し合いの場を設けるべきでした。Aさんとその家族に借金の問題は必ず解決できると伝えることができたはずです。
さらに、姿をみせなくなったAさんに司法書士の方から連絡をとったり出かけたてみたりし必要に応じて医療や福祉の専門家につなげることも出来たはずです。
Bさんは60代の後半で命を絶ちました。
食料品店を経営していたBさんは郊外にできた大型スーパーに客を取られて売上げが少なくなってしまいました。仕入れと人件費そして返済を考えこれ以上営業を続けるのが不可能なのははっきりしていました。
Bさんは同年代の妻と80代の母親と店舗兼住宅で三人暮らしをしていました。 敷地は狭く、売れても債務返済することはできません。また、Bさんの債務は長男が連帯保証人になっています。店を閉めると、
土地建物を手放すだけではなく連帯保証人の長男に借金を負わて一家が崩壊してしまいます。Bさんは地元の商工会などを通じた知人も多くいました。役員としても色々相談に乗っていた立場でしたが、
自分のこととなるとなかなか相談もできませんでした。 その後、Bさんは生命保険の死亡時支払金を確かめ自ら命を絶ちました。
司法書士とBさんは以前から顔見知りでした。Bさんは「土地を売ったらどうなるのか」「債務が 残ったとき、連帯保証人である長男の責任はどうなるのか」を尋ねました。 司法書士は「土地を 売っても債務は返済できない」「保証人である長男にも支払義務がある」と答えました。このときBさんは肩を落として帰っていきました。 のちにBさんの死を知った司法書士は自分の対応が正しかったのか、もしかしたら別の対応があったのではないかと疑念を抱きました。
【司法書士にできること】
Bさんの質問の対する答えは適切でした。しかし人間の思いは言葉だけではなく、表情や声の調子、 身振りなどの全体によって伝えられます。注意深くBさんの話を聞き、Bさんの相談の背景にある恐れや自殺する危険性に気づいていれば、
不動産の売買や連帯保証人の責任といった一般論ではなく、状況の打開に向けたアドバイスができたのではないでしょうか。Bさんの悩みの根源は借金です。「家を売っても借金が残るかもしれない。
連帯保証人である長男に迷惑がかかるかもしれない。しかし、Bさん、借金の問題はかならず解決できるんです。どうやって解決するのがよいのか一緒に考えましょう」と答えていたらBさんは一人で悩まずにすんだかもしれません。
Cさんは50歳になったばかりです。40歳で離婚してその後病気になり3ヶ月入院生活を送りまし たが体は元通りにならず仕事ができなくなりました。Cさんの支えは母親の年金でしたが母親も特 別養護老人ホームに入所して援助を受けられなくなりました。
そのためサラ金から借入れをはじめ、次々と別のサラ金からも借入れてましい、新 たな借入れができなくなりました。そしてアパートの家賃が払えなくなり、中古の軽自動車に寝泊まりするようになりました。
Cさんは何度か自殺をしようとしましたが、思いとどまり、母親の 入所していた施設に身を寄せました。
自殺未遂の後、Cさんは母親に連れられて司法書士を尋ねてきました。司法書士はメンタルヘルス に関する基本的な知識があったのでCさんの外見をみてうつ病などの精神疾患の可能性に気づきました。 「つらいですねぇ。死にたくなったのではないですか」と問いかけをして心に寄り添いました。そして、Cさんの自己破産手続きを受任して、借金に追い回される心配はないので死なないことを約束しました。 生活上のことは社会福祉協議会の援助を受けること、生活保護申請をすることになりました。
【司法書士にできること】
Cさんについて「借金返済」に関する手続きだけでなくメンタルヘルスの面からも精神科病院を紹介するなどし、診察につなげることができました。その後「破産及び免責決定申立書」を作成して裁判所に提出し、
裁判所から「免責決定」が送られてきました。Cさんを「お金の問題」からひとまず解放し、心身の立て直しの足がかりをもつくることができました。Cさんは司法書士の「死なないこと」という約束を守ってくれています。
そして「困ったことがあったらいつでも連絡してください」と伝えたことでどんなにか生きていく上での支えになったことでしょう。